当館でも頻繁に使うスポットライト、エルコのEXシリーズです
これからご紹介するお話、実は昨年の「ウクライナの至宝」展を準備しているときに用意したものです。ところが当時の私の能力では、このブログへの動画の貼り付け方が解らず諦めたのです。何しろ展覧会の準備だけで”てんやわんや”なのに、ブログの使い方を”ああでもないこうでもない”と悩んでいる訳にはいきませんからね。
そんなこんなで、以後、動画の投稿は出来ないものと思い込んでいたのですが、先日その話をしていると、山下学芸員が携帯電話から動画をUPして見せてくれました。「できるんだ〜!!」と、皆んな驚いた訳ですが、さすがは山下さん、若手のホープだけあってITもバッチリ。それにひきかえ、私などは電子ものはサッパリです。しかし、そこで諦めてしまっては益々老け込んでしまうというもの。早速動画の入ったブログに挑戦です。
前置きが長くなってしまいましたが、今日は照明のお話です。照明は本当に難しいもので、我々が一生懸命考えた照明も沢山の方から非難を受けることが少なくありません。特に多い苦情は「ガラスが光って作品がよく見えない」と、「会場が暗くて解説が読みにくい」です。また非難が集まる作品には傾向があって、概ね特別展で他館からお借りした作品。それも、個人所蔵の作品や海外の美術館が所蔵する作品が圧倒的に多いのです。この理由は簡単で、画面保護のために入れられているガラスやアクリル板が古い時代のものなのです。作品を大事にしたいと考える人にとって、画面に保護用のガラスやアクリルを入れるということは当然のことです。
極端な話、画面に直接触ろうとするお客様もいらっしゃいますし、画面の前でクシャミをされる方もあります。そうでなくても空気に含まれる埃などが温度や湿度の変化に伴ってガラス面に付着していきます。もちろんガラス面の清掃はしていますが、ガラスやアクリルも永久不変という訳にはいきません。経年劣化と呼びますが徐々に透明度が失われていくのです。早くから作品保護に取り組んだ歴史のある美術館や、何台も続く個人コレクターの作品にこうした傾向があることは、ある意味、当然の結果とも言えるでしょう。
一方、ガラスやアクリルの製造精度は現在、飛躍的に高度なものになっています。例えば古い時代のガラスは、一般的にガラスそのものの色が強く、硝子越しだと風景が緑色に見えることを経験された方も多いのではないでしょうか。最近の美術館ではミュージアム・グラスなどと呼ばれ、鑑賞の妨げにならないほど色の影響を抑えたガラスが使われるようになっていますし、低反射ガラスと呼ばれる反射や写り込みが起こりにくいガラスを使うことも多くなっています。
とはいえ、歴史のある美術館や何代も続くコレクターの方などは、ガラスやアクリル板なども作品に付随する資料と考えたり、先代の趣味を尊重したりと、最新のものに交換しない、あるいは交換できない場合も多々あるのです。展覧会場で「画面が光ってよく見えない」とか「ガラスが汚い」などのご指適をうける作品の多くが、こうした「オリジナル」のガラスやアクリルの付いた作品なのです。いくら我々がその問題を何とかしたいと思っていても、他館の所蔵品に口出しはできません。そうすると残る手段は照明でカバーすることだけです。
しかしこれが本当に難しい。一つには建物の問題があります。天井の何処にでも自由に照明を取り付けられるなら、それほどの苦労はありません。しかし、実際には、天井に何列か取り付けられたレールにしか照明器具を付けることはできないのです。一番反射の少ない位置にスポットを取り付けようと思っても、そこにレールが無いこともしばしばですし、動線も意識しなければいけません。動線というのは、この場合お客様の進行方向ですね。画面が光らない向きにこだわりすぎると、進んできたお客様の正面にスポットが光っているということになりかねません。こうしたスポットの光が目に入ってしまうと、しばらくは目の中に残像が残って鑑賞どころではなくなってしまうでしょう。
他にも、展示室全体の明るさを考えることもあります。例えば、展示室が全体的に暗くなっている場合など、作品保護や雰囲気作りのためだけでなく、「背後の壁に掛けてある作品が反射して写り込むのを防ぐため」というのが本当の理由の場合もあるのです。
多くの方から「勉強不足」だとお叱りを受けることの多い展示室の照明。我々の力不足は否めません。しかし、実は他館の照明なども研究し、可能な限り様々な工夫を凝らしているということは知って頂きたいと思い、今回はその一端をご紹介させて頂くことにしました。
さて今回、力を入れてご紹介するのはスポットライトのLED化です。このスポットライト、当館に導入した当時は業界の最先端。「世界最高水準の照明効果」と評価の高かったものです。実際、大変有用な機材として活躍しましたが、導入して既に10年以上。この種のものも日進月歩で、変化するときはドカンと変わってしまいます。本当は予算措置をして、照明器具を現代的なものに更新するべきなのですが、景気低迷の昨今、公立美術館で設備の更新を行うというのは簡単なことではありません。そこで今回はその「繋ぎ」の方法を考えたのです。
実は、考えたのは私ではありません。ある人から「こうした手法があるよ」と教えてもらったのです。この手法に注目したのには3つの理由がありました。第1に、現在所有しているスポットライトを無駄にしないですむ。第2にLEDは発熱量が少ないためケース内での使用が可能になる。第3に球切れの心配が少ない。ということです。
まず第1点ですが、新しい機材を購入する余裕がないことも事実ですが、今ある機材を大事にしたいという気持ちも本当です。「使えるなら使ってあげたい」と思っていたので「良かった〜」という気持ちが湧きましたね。
そして第2の熱が出ないことも大事。今まで展示ケース内の展示には、スポットライトを使うことが殆どなかったのです。というのも、今までのスポットライトは、大きさこそ小さいものの裸電球と同じで、光だけでなく熱も発するハロゲン球が入っていました。特にハロゲンの場合、点灯してほんの数秒で触れないほど熱くなります。しかし、美術館での展示環境は、一年を通じて温度は22℃、湿度55パーセントを守ることで作品を保護しているのです。そんな中、小さな密閉空間である展示ケース内に熱源になるスポットライトを入れることは自殺行為としか言いようがありません。ところが、このLED、殆ど熱を出しません。実際には電圧調整や、様々な制御回路から熱は出るのですが、裸電球に比べれば皆無と言っても差し支えありません。
また3点目の球切れの可能性が殆ど無いことも重要です。裸電球の場合、その寿命はハッキリ言って運まかせ。昨日換えても今日切れる短命なものもあれば、開館当時から一度も換えていないものまで、本当にバラツキがあるのです。それなのに、スポットライトの球を交換するには、天井に取り付けた器具を直接分解する必要がありますが、天井の高さが4.5メートルもある美術館の場合、4メートル近い高さの脚立か足場を運び込む必要があるのです。当然、十分なスペースが必要になります。特に入り組んだ展示の場合やケース内の球換えだと、安全を確保するために、展示作品を動かさなくてはいけなくなります。これはなんとしても避けたいことです。というのは、面倒だから避けたいのではありません。作品にかかるリスクの問題なのです。動かす回数が増えれば、それだけ事故が起こる可能性も増えます。予見できるリスクであれば最大限の努力を払って回避するのが私たちの仕事。そのため、今まではそうした展示は避けざるを得なかった訳です。しかし、LEDであれば、球切れの可能性は皆無に等しい。展示の可能性が飛躍的に高まります。
そんな訳で、「ウクライナの至宝」展ではウオールケース(壁面作り付けのガラスケース)内にもLEDに交換したスポット・ライトを設置して、黄金製品のキラキラ感を演出することができたのです。効果としては・・・・まあ、悪くはなかったのではないでしょうか。
当館でも使用頻度の高いエルコのEXシリーズというスポットライトです。本体は共有ですがヘッドのタイプはスポット、フロッド、ウオールウオッシュなど様々なものがあります。当館では主に90mmと125mmのスポットライトを使用していて、125mmのヘッドでは100w、90mmのヘッドには50wの電球を使います。これは小さめのヘッドで90mmです。
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拡散用のレンズを紹介しています。
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色温度調整用の青レンズを紹介しています。ハロゲン・ランプはいわば電球なので光にも独特の赤みがあります。光の色は色温度(単位はカルビン温度:°k)という尺度で表現されますが、お昼間の太陽から照射される光がだいたい5000°kハロゲンランプは3,200〜3,800°k。蛍光灯はだいたい5,000〜6,000°kなので併用すると光が青かったり赤かったりと斑になってしまいます。そのため、色温度調整用のレンズを使って相対的な赤みを取ってあげているのです。この青レンズ1枚入れただけで、色温度は大体4,000°kまで上昇します。目に付かない部品ですが大きな役割を果たしていた訳です。
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紫外線と赤外線を除去するためのフィルターです。
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スポットライトとはいえ、このヘッドの中に入っていたのは拡散用のリフレクターでした。
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いよいよ分解開始。まず電球の破裂に備えた飛散防止用のレンズを取り外します。
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リフレクターを固定しているクリップを抜きます。
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リフレクターも不要なので抜き取ります。
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スッカラカンになったスポットライトのヘッド部分です。
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代わりに入れるLEDランプ。照射角は36°、色温度は4,000°kです。
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小さいような大きいような微妙な大きさです。一見大きくも感じるのですが、よく見ると小さなLEDが四つも並んでいます。しかも、この中には制御回路の冷却用ファンまで内蔵されている優れもの。用途に応じて照射角や色温度も選べますし、本体のボリュームスイッチで明るさの調整も可能です。
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さあ、完成です。これがどんな光を発しているか?ご興味をお持ちになった方は、展示室でお探しになってみてください。こんな小さな機械から、こんなに強い光が出るなんて驚かれるのではないでしょうか。
ただ、結構まぶしいので、もしも確認されるなら展示を見終わってから挑戦されることをおすすめします。
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今回用意したフィリップス製のLEDは40w相当だそうですが、見た目の効果は50wと100wの中間くらいの感じで、展示効果には全く遜色ありません。
同業者の皆様。もしかしてなにかのご参考にでもなれば幸いなのですが、この方法には既に解っている「穴」が1点あります。それは、エルコEXシリーズの本体に大きく分けて新旧2タイプ有ることに起因します。旧式の本体(調光ダイヤルが大きくてパイロットランプが赤色LEDむき出しのタイプ)はこの方法で問題有りませんが、新型(調光ダイヤルが小さくてパイロットランプがリング状のカバーで覆われた格好いい方)はデジタル回路の相性が良くないようで、継続的に点灯することが出来ません。もしも導入を検討される場合は十分ご注意ください。